蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)

七十二候・寒露の末候「蟋蟀在戸:きりぎりすとにあり」の時節(10/18~10/22)に変わり、秋の虫が戸口で鳴く頃となった。朝夕の気温が下がり、木々の葉が濃く色づいている。深まりゆく季節をしみじみと感じさせてくれる。今は「蟋蟀」を「こおろぎ」と読むが、昔は「こおろぎ」のことを「きりぎりす」と言ったそうだ。実際にはキリギリスは、冬を迎えることができない虫なので、この時節に戸口で鳴く虫はこおろぎなのだろう。虫の生息は地域によるので、いろいろ物語がありうる。

太宰治の小説『きりぎりす』に、「縁の下で懸命に鳴いている虫が、まるで自分の背骨の中で鳴いているような気がする」という描写がある。俗世間の濁りに心疲れた夜、消灯した暗い部屋でひとり、仰向けに寝ていたときという設定である。主人公は「この小さい、幽かな声を一生忘れずに、背骨にしまって生きて行こう」と思ったという。澄んだ虫の音は、人の背骨を正させる力を持っているかもしれない。

イソップ寓話『アリとキリギリス』には、夏の間じゅう楽しく歌いほうけていたキリギリスが、冬がきて食べ物がなくなり、アリに助けを求めると、夏に汗水たらしてせっせと蓄えていたアリは「夏は歌っていたのだから、冬は踊れば」と冷淡に笑ったとされている。するべきことを果たしたキリギリスとしては、天寿を全うする姿を見せることで、他人の生き方を愚かだと笑う愚かさをアリに知らせたくて、みずからアリに食べられに行ったのかもしれない。

秋の夜長に豊かな実りを片手に、いろいろな人生のありようを心に刻み、お気に入りの生き方を選びたい。


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二十四節気 七十二候 名称 意味
寒露(10月8日ごろ) 初候 鴻雁来(こうがんきたる) 雁が飛来し始める
次候 菊花開(きくのはなひらく) 菊の花が咲く
末候 蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり) 蟋蟀が戸の辺りで鳴く
霜降(10月23日ごろ) 初候 霜始降(しもはじめてふる) 霜が降り始める
次候 霎時施(こさめときどきふる) 小雨がしとしと降る
末候 楓蔦黄(もみじつたきばむ) もみじや蔦が黄葉する
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