政府の干渉が結果的に市場を歪める

失敗に学ばない日本政府の愚策

長期的な産業の発展にとって、政府の干渉は結果的には負の遺産にしかならない。これまで政府の介入や補助金がどれほど多くの大事な企業を殺してきたことか。今回の日本政府の不用意な市場への干渉が、半導体製造業の中で唯一国際競争力を維持している日本の化学・部材企業の息の根を止めてしまうことをここに予測しておく。半導体製品市場では中国のような第三国が漁夫の利を得る結果を加速するだろう。

1990年代に世界シェア50%以上あった日本のDRAMメモリ製造企業の中の1社を例に記しておこう。1999年12月20日、日本電気と日立製作所のDRAM事業部門の統合により設立されたNEC日立メモリ(その後にエルピーダメモリ)の話である。現在のDRAMシェア上位のサムスン電子、SKハイニクスの韓国企業2社との競争と超円高の逆風でシェアと利益が思うように積みあがらなかったエルピーダメモリは、2009年に経済産業省が産業活力再生法を適用し、日本政策投資銀行が300億円を出資する“日の丸DRAMメーカ“なってしまった。その後も企業経営と設備投資の判断のミスマッチから脱しきれなかったエルピーダメモリは2013年7月末に倒産し、米マイクロン・テクノロジー傘下に入った。業界の常識を理解できない政府系銀行がタイムリーな企業の経営判断を遅らせ続けたのである。世代交代ごとに2000億~数千億円が当たり前となっているDRAM生産ラインの新規設備投資は、日本政策投資銀行の想定とかけ離れていた。

半導体業界の企業シェア争いは熾烈で、他社より少しでも多くのシェアを取っている時期に利益を計上して投資を回収するとともに、新たな設備投資の原資を蓄積しなければ次世代には生き残れない。

再び繰り返される市場への干渉:第一段の韓国向け輸出管理の運用見直し

2019/07/04から日本政府は半導体生産に欠かせない素材(フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素)の輸出を審査期間90日の許可制とした。半導体・FPD材料分野において日系材料メーカの市場シェアは非常に高い。韓国半導体メーカが日系材料メーカに依存しているのと同様に、日系材料メーカにとっても、サムスン電子、SKハイニクス、LGディスプレーなどの韓国企業は重要顧客である。しかもその依存度は年々高まっている。

この輸出管理の運用見直しにより韓国の半導体メーカに材料の重要性の認識が深まれば、必然的に韓国ローカルの材料メーカに生産をシフトする動きが加速する。このことが日系材料メーカにとって大きなダメージとなり、長期的には市場での地位を失っていくことになるだろう。

フォトリソグラフィーとフォトレジスト材料の技術推移

半導体の分野別シェアとファウンドリ生産ラインの開発競争

主要電子機器のサムソン電子世界シェアの現状(2018年)

3つの化学材料の生産企業の市場シェアと韓国企業との取引関係

半導体製造で最も重要なリソグラフィープロセスで用いられるフォトレジスト(感光液)の生産は、JSR、東京応化工業、信越化学工業、住友化学、富士フイルムの日系5社で計89%のシェアを有しており(グラフ参照:2018年ベース、電子デバイス産業新聞調べ)、日系企業がほぼ独占している。この他に、フォトレジスト製造には日本曹達、トクヤマなどの日系企業も参入する一方、韓国企業としては、錦湖(クムホ)石油化学、東進セミケム、東友ファインケムなども生産している。工程の難度が低い領域では韓国企業の製品が使用可能であるが、EUV工程用は日本製が必須という現状である。そこで現在規制対象となっているのはEUV(極端紫外線)工程用のフォトレジストである。対象のEUV工程用フォトレジストを製造している企業は、JSR、東京応化工業に限られる。東京応化工業のEUV工程用フォトレジストは台湾向けが大部分で、韓国向けは開発用途で市場規模はまだ少ない。サムスン電子が使用するEUV用フォトレジストは、全量を日本のJSR、東京応化工業(TOK)から調達している。JSRはEUV工程用のフォトレジストをベルギーで生産している。

半導体製造向けのフッ化水素は、森田化学工業、ステラケミファなどの寡占市場(およそ90%)となっている。一方、韓国企業としてはソルブレインなどがある。サムスンは現時点では日本のステラケミファ、森田化学工業、昭和電工から高純度のフッ化水素を仕入れている。

フッ化ポリイミドについて、折り畳み式スマートフォン「ギャラクシーフォールド」を生産するサムスン電子は、住友化学のポリイミドフィルムを採用している。折り畳み式スマートフォンの開発段階では韓国企業のコーロンインダストリーとSKCが生産する透明ポリイミドフィルムも使用していた。しかし製品の完成度において量産時期の問題でサムスン電子の基準を満たせなかった経緯がある。一方、LGグループが開発中の画面を巻物のように曲げられる新型テレビにフッ化ポリイミドが使われている。ところで、現行の有機ELテレビにはフッ化ポリイミドは使われていない。

第二弾:韓国のホワイト国除外への準備

「安全保障のための輸出管理の見直し」が行われる理由は、「韓国の輸出管理体制の脆弱さや同国向け輸出で不適切な事案があった」ためであるが、これが具体的に何かを明らかにして、韓国側がこれを解消すれば対立は終息するはずである。

◇ITmedia NEWS >itmedia なぜ韓国は「ホワイト国」から外されるのか
◇軍事転用可能な物品が韓国から“北朝鮮”に!? 韓国への輸出管理強化の背景とは
◇東洋経済 輸出規制強化で「韓国半導体」は大打撃なのか 対象品目狭く、抜け穴もあって影響は限定的
◇中央日報 「韓国ホワイト国除外」賛成98%…固く団結した日本の本音

いくつかの踏み込んだ情報サイトや専門家見解をこれまで見る限りでは、残念ながら問題点の明確化、解決に向けた議論は現在のところ展開していない。

真のリベラル思想が結実しない人類の悲劇

最後にパブコメで9割以上の日本人が賛成とのことであるが、韓国をホワイト国から除外することに、個人的には反対である。

これは日本の指導者・知識人・経営人に、韓国を含む国際社会の重要な価値(応募工の人権、安全保障を確保した国際取引の自由の2つ)の解決に向かった選択枝と、より望ましい選択・判断を示す力量がないことが問題である。

そもそも応募工の人権、安全保障を確保した国際取引の自由の2つは全く別の次元の話であるから、日韓の政府間合意内容を逸脱した損害が日本企業に及ぼうとしていることに韓国政府が義務を果たさないからといって、韓国をホワイト国から除外するという異なる価値に基づく対応を連動してしまうと、問題の解決をより難しくするだけでなく、それぞれ(両国および他の国の関係者、それぞれの価値に関わる利害関係者など)の関係者に誤ったメッセージを植え付け、関係者の信頼を棄損してしまう。

当事者間の信頼がこの2つの課題の解決の寄って立つ基盤なのだから、わざわざこの2つを連動して課題解決の基盤を壊してしまっている点で、最低の愚策だと言わざるを得ない。

長くなるので、韓国のホワイト国除外の問題点のみ箇条書きにしておく。

・ホワイト国(信頼できる国)の数が減ることは、私たち(日本人)にとっても、他国との信頼や貿易を生業とするそれぞれの当事者にとってもマイナスである。

・手続き変更により韓国の半導体メーカは必然的に韓国ローカルの材料メーカに生産をシフトする動きを加速し、日系材料メーカは長期的には市場での地位を失っていくことになる。

・お隣の国の叡智も借りて真のリベラル思想を生みだし、これにもとづいて国際社会の重要な価値を増進していくための大切な機会を失う(または手遅れにしてしまう)。

韓国への輸出制限で半導体に大ダメージ from テレ東NEWS 2019/07/02 に公開

[NEWS IN-DEPTH] South Korea-Japan trade war and impact on tech firms by ARIRANG NEWS 2019/07/24 に公開

「朝鮮半島の今を知る」(31) 朴喆煕・ソウル大学国際大学院教授 by jnpc 2019.7.30

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